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さよなら、ばあちゃん!34年間の思い出を振り返って最期を語ります

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それは2017年12月8日の早朝、病院からばぁちゃんが危篤だとの知らせが親父の携帯に鳴ったことだった。

 

 

入院したばぁちゃん

日付けは遡り、9月に入る頃ばぁちゃんが体調を崩した。

 

きっかけというか兆候はあったがトリガーとなったのは親戚の家に遠出をし、慣れない長期滞在を約2週間ほどしたからだ。

 

93歳に10月でなろうと言うのに慣れた実家よりもわざわざ北茨城から日立へ行ったのだ。

 

やはり自分が産んだ娘だから可愛いし、余生を考え泊まりに行こうと思ったのだろう。

 

そして日立から2週間後に車で帰る途中で体調を崩し緊急入院をした。

 

ばぁちゃんの子供たち

ここでばぁちゃんの子供たちを説明したい。

ばぁちゃんには7人子供がいる。

その中でウチの親父は次男だ。

 

長男は会社を経営していて、会社の経営が悪くなると、方々から借金をして、じぃちゃんが生きている時に家に来て何か書面を書かせて多額の借金をじぃちゃんに背負わせ蒸発した。

 

そして長女から5女までいるが、4女は病気になり今どうなっているかわからない。

 

実質今ばぁちゃんの子供は5人しかいない。

ばぁちゃんの子供はみんな自己主張が強い。

なぜならばぁちゃんが頑固だからだ。

 

その血を色濃く受けてみんな育っている。

だから夫婦喧嘩をすると親父の亭主関白ぶりが目立つ。

 

ばぁちゃんに対する記憶

さらに昔に遡り子供のころだった。

 

厳格な親父は酒が入ると、自分が些細なミスをしたり、言うことをきけず謝れなかったりすると外に締め出されることもあった。

 

そんな時ばぁちゃんが助けてくればぁちゃんの部屋に入れてくれた。

 

ばぁちゃんは困った時に助けてくれる私の逃げ道だった。

 

お小遣いもくれ、いつまでたってもばぁちゃんから見れば私は大人ではなく孫なんだなぁって思った。

 

月日が経てばたまに疎ましくなることもあった。

 

亡くなる半年くらい前、

『てっぺちゃん、革靴でも買ってやっか?』

と言われて

 

『大丈夫だよー、いらない』

と言い

『あーそうか』

 

というやり取りをした。

私に断られたばぁちゃんはどんな気持ちだったろう?

 

今考えると最後のご厚意は受け取っておくべきだったのかなと。

考えてもわからない…

 

慕われていたばぁちゃん

実際にはばぁちゃんは長女〜5女含め、孫にも慕われていたと思う。

 

何かあるたびにばぁちゃん、ばぁちゃんと従兄弟や親戚で自宅に来ていたので。

 

ばぁちゃんが歩くのもよいてないのに、家にいると言い張った時も勿来から長女が来てばぁちゃんを諭そうとしていた。

 

結局倒れるまでずっと家にいてほとんど老人ホームにはお世話にならなかったが。

 

だけど亡くなる前や行事があるたびにばぁちゃんを訪れる人を見るとウチの親父よりもばぁちゃんがいかに人望があったかよくわかる。

 

人がいいところもあり、長男に騙されたこともあったが、それがあってもばぁちゃんの付き合い、顔の広さは人間として滲み出ていたと思う。

 

人がいい、物事をはっきりという!

これは好かれる人の前提じゃないかと思う。

 

葬式の段取り

葬式は家族・親戚間で行う『家族葬』と言うものです。

 

これは会社関係や遠縁の親戚は呼びたくない喪主である親父の意向である。

 

やはり昔ながらの亭主関白な親父は家だけの内弁慶で自分の気にいらない人は呼びたくないらしい。

 

ばぁちゃんの式なのだからばぁちゃんが持つ人脈は全て呼んだらいいと思うのだが。

 

まとめると

ばぁちゃんが残してくれたものは『人脈』なんじゃないかって思う。

 

死に様って一口にいいものとは言えないが、生きている時に何を成したかで全て決まると言ってもいいのではないかと思う。

 

ばぁちゃんが残した人脈はきっとこれから生きていく上で人が孤独にならない為に必要だと思う。

 

いくら優秀であっても周りの人を寄せ付けなければ孤独になってしまう。

 

大事なことは何か?

それを知った今日の日でした。

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